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映画を楽しむ「The Peacemaker ピースメーカー」

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核弾頭を盗み出した犯人を追う
女性科学者と情報部大佐の活躍

ロシアから解体される予定の核弾頭10発が盗み出され、そのうちの1発が爆発した。
核爆発を確認したアメリカは、専門家を召集する。
その中のひとり、ケリー博士は、国際テロ専門のデヴォー大佐とコンビを組み、
核の足取りを追跡。
トルコの鉱山地帯で移送トラックを空から追い詰めた大佐は、核弾頭8発の回収に
成功する。
しかし残りの1発はニューヨークに持ち込まれていた。
大佐と博士は放射能探知機を頼りにその行方を追うが…。
(イマジカBS あらすじより抜粋)

事件の動機は、ユーゴスラビア紛争で「ピースメーカー」を自負するアメリカに妻子
を奪われた夫が仕掛けた自爆テロという設定だがありえない話でなく怖ろしいと思わず
にはいられない。

イマジカBS

2017.2.8 今日もふたりで

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日曜日から昨日までなんだかんだとお泊りしたり
夜、外出したりしていたので
今日はいつものふたりで過ごしました

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水曜日はゴミ出しがあり7時には起きています。
朝食は、紅しょうがポテトサラダをつくり食べました。
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新聞を読んでから散歩へ行きました。
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帰りにデーリーヤマザキで肉まんを購入し細君とお茶しました。
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その後で買い物へ。
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昼食は、てんぷらうどんでした。
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カセットボンベの自主回収にネットから登録しました。
個人で処分するには問題がありそうでした。
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細君とふたりでレンタルDVDを観ながら過ごしました。
古代エジプト。神と人間が共生する世界のお話し。
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映画の後は、お茶しました。
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晩酌の時間まで読書です。
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テーブルワインで晩酌して、湯豆腐を食べ、夕食はタラスパでした。
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ガッテンを観て、相棒を観て、風呂に入り、白湯を飲んで、ブログの更新を
して、ごきげんようおやすみなさい。

散歩を楽しむ「2017.2.8 季節の移り変わり」

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季節は梅からさくらへ

空模様もすっきりしない冬の空でした。
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散歩の成果
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読書を楽しむ「エリック・ファーユ エクリプス」

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エクリプス=ギリシア語で「力を失う」

1966年12月の夜。
停戦ラインの韓国側の監視所でジム・セルカーク伍長は、小道を調べると言って
行方不明になった。
1977年12月新潟。
13歳の中学生・田辺奈穂子は夕方白い車の脇を通り、呼び止められ道を聞かれた。
1978年8月の午後。
岡田節子は母親と買い物に出て橋のところで3人の男に声をかけられたあと、
麻袋に放り込まれる。
1878年8月鳥取砂丘。
若者とその婚約者が泳いだあと、二人の男に襲われるが犬が吠えて男たちは逃げ去る。
1989年青森の海岸。
考古学者の林茂は小泊村に向かっていた時、1台の車に追い越され意識を失う。

北朝鮮では、22歳のセジンが党と国家のために死ぬ覚悟があるかと聞かれていた。
セジンは、大使館に忍び込み金庫の中の文書を記憶した。
そして、最終試験に合格し政治軍事大学に入学した。
「わたしの命はもはやわたしの命ではありません。わたしの命は国家のものです」
と宣誓し、2年間の訓練の後、家族と週末を過ごすことを許された。

大韓航空機爆破事件が起こり、モスクワでセジンは仲間のヨンハと逮捕された。
そしてソウルに移送され南に混乱を引き起こすためにやったと話す。
教育係は朝鮮名パク・ヒヨソンが先生だった。日本名は奈穂子だった。

奈穂子は最低限の設備しかない二部屋の住宅に住んでいた。
炊事は30女のインスクの専権事項で教育係兼監視人だったが住居が変わると監視人
も変わった。
奈穂子は結婚式に招かれた。
朝鮮名ヨンイム(岡田節子)とアメリカ人(ジム・セルカーク)の結婚式だった。
奈穂子は政治軍事大学で講師として軍服を着た朝鮮人に日本語で講義をした。
こどもの頃の話や日本人特有の動作を聞かれ教えた。

日本人やアメリカ人が拉致されたことで北朝鮮の映画を観ることを専門にしている
男が日本にいた。
彼は北朝鮮の映画を観ながら映画の中で男が「わたしはここの人間じゃない。
あっちの人間だ。岩手の方の人間だ。」と言っていると気づいた。
その俳優は林茂だった。

2002年2月岡田節子とジム・セルカークはふたりのこどもと暮らしていた。
トランジスタ・ラジオで日本の首相がピョンヤンに来ていたことを知る。
放送で生存している日本人の名が読み上げられた。
林茂は交通事故で死亡、田辺奈穂子は自殺と言っていた。

2004年岡田節子とジム・セルカークは日本に帰国した。

フランス人が書いた日本人拉致のフィクション小説。
いっとき消失したものが必ず、再び戻ってくるという意味がメッセージと
して込められている。
そう願いたいがどうすることもできない現実がある。